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山藤祐子 – ハラスメント防止の対策と動向
山藤祐子 - 被害者と加害者両方の経験を持つ専門家が語る ハラスメント防止の対策と動向
厚生労働省の調査によると、都道府県労働局等へのパワ ハラやセクハラ、マタハラなどの相談件数は年々、増加傾向にある。職場におけるハラスメントはなぜなくならないのか。その対応策は? ハラスメント対策専門家である山藤祐子氏にハラスメントの基本から管理職に求められるマインド、企業研修の動向などを聞いた。
(※本記事は、2022年5月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
猪俣奈央子 ≫ 文 佐々木信行 ≫ 写真
山藤祐子(ざんとう・ゆうこ)
ハラスメント対策専門家/国家資格キャリアコンサルタント
1968年、和歌山県和歌山市生まれ。自身のハラスメント経験を最大限に活かした、ハラスメント専門研修講師として、年間150日以上登壇。研修を実施した企業や自治体は200社以上にのぼる。年平均5000人を超える受講者からは「行動に移しやすい」と好評。またクライアント企業からは、高いリピート率を誇る。
ハラスメントが職場に与える影響は?
ハラスメント対策は、どの企業も避けては通れない喫緊の課題だ。パワハラ防止関連法が、大企業では2020年6月から、中小企業では2022年4月から施行され、ハラスメント防止の取り組みが義務化された。
ハラスメントは倫理的・道徳的にやってはならないというだけではなく、職場の生産性や業績にも影響を与えるといわれている。ハラスメント対策専門家である山藤祐子氏は、職場でハラスメントが起きることのデメリットをこう語る。
「たとえば上司から部下にハラスメントが行われている場合、部下からの報告・連絡・相談は上がりにくくなりますよね。上司は現場の情報を正しく把握できず、マネジメントが機能しなくなります。
パワハラを受けた人たちは『上司が出勤してくる姿を見るだけで体が硬直する』とよく言うんです。当然ながらそんな状況で、いい仕事はできません。ハラスメント被害者は上司の顔色ばかりをうかがって、言われたことしかやらなくなります。どんどん受け身になり、自主性が失われていくのです。
また、本人のみならず、ハラスメント行為を見聞きしている職場全体の士気も下がるでしょう。当然、生産性は低下します。反対に離職率は高まり、優秀な人から職場を去っていくはずです。ハラスメントの影響は、みなさんの想像以上に広範囲で、根深いです。ハラスメント防止は、いわば〝誰もが安心して働ける職場をつくる〞こと。生産性や業績を上げていくという意味でも、とても重要です」
被害者から加害者へ パワハラ上司を生む背景
山藤氏自身、新卒で入社する予定だった会社で日常的なセクハラが行われている光景を目にし、内定を辞退した経験がある。続いて入社した会社でも店長からの理不尽なパワハラや、経営企画部長からのセクハラなどハラスメントの被害者として、そのつらさや悔しさ、恐ろしさを痛いほどわかっている人物だ。しかし、そんな山藤氏にも苦い経験がある。
26歳の若さでベンチャー企業のゼネラルマネージャーを任され、全国にいる50名の部下を率いたとき、ほかでもない自分自身が、パワハラ上司となってしまったのだ。
「売上をあげたい、その一心でした。結果を出せない部下には、言い分も聞かず〝気合が足りない〞と叱責しました。部下たちが私のことを鬼と呼んでいることを知っていましたが、〝鬼で十分、売上をあげないとみんなのためにならない〞と本気で考えていたんです。部下が一人辞め、二人辞め、急に連絡がとれなくなる人が続出して……。組織が崩壊して初めて、私のやり方が間違っていたと気づきました」
なぜパワハラ上司が生まれてしまうのか。自分自身が加害者となり、またハラスメント問題に悩む多くの企業を見てきた山藤氏は、こう分析する。
「パワハラ上司になってしまう理由には、まずマネジメントの方法を知らないという知識不足が挙げられます。話の聞き方、適切な指導の仕方、年代の異なる部下との対話の進め方などマネジメントの基本を知らないんです。しかも、その方法論は時代と共にアップデートされていくもの。『俺の時代はこうだったから』『こういうやり方で昔はうまくいっていた』と過去に固執すると、今の時代ではハラスメント認定されてしまうこともあります」
また、管理職側の過信がハラスメントを生むこともあるという。部長や課長、マネージャーなど役職がつくと急に自分自身が偉くなった気分になる。「自分の組織」「私の部下」とまるで自身の所有物のように捉えてしまう。管理者とメンバーというのは上下関係ではなく、「発揮する職能や役割が違うだけだと認識してほしい」と山藤氏は言う。
「パワハラ上司になってしまう人は、優秀だったり、正義感が強すぎたりする人が実は多いんです。『こうあるべき』『こうしなきゃいけない』という思いが強すぎると、自分の理想や期待から外れたときの落胆も大きくなります。自分だけの正義から解放されて、『あなたはどう思う?』『あなたはどうしたい?』と問える上司が、いま求められているのだと思います」
トラブルを恐れて部下と関わらない上司たち
近年「リモハラ(オンラインを介して行われるリモートハラスメント)」や「スメハラ(においによって周囲を不快にさせるスメルハラスメント)」など「○○ハラスメント」と名づけられた新語が次々と登場している。ハラスメントへの意識が高まる一方、「何がハラスメントにあたるのかを正しく理解しないまま、必要以上にトラブルを恐れ、部下との関わりに支障が出ている管理職も多い」と山藤氏は指摘する。
「厚生労働省が定めるハラスメントの定義に該当するのはパワハラ、セクハラ、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントのみです。また、どのような行為がパワハラにあたるのかについてはパワハラ防止関連法で定められています。まずは、法律的に何がハラスメントに該当するのかを理解することが肝心です」
山藤氏が企業から相談を受けて話を聞くと、実際にはハラスメントに該当しない内容が問題視されていることも多いという。「ミスをして上司に叱られた」「希望していない部署に配属された」「在宅勤務からオフィス出勤への移行を命じられた」などの理由でハラスメントを受けたと人事側に訴える社員もいる。
「相手が嫌だと感じたら、なんでもハラスメントになってしまうと誤解している管理職の人が非常に多いです。上司からの指摘や指導が業務上必要なもので、やり方や程度が適しているのであれば、まったく問題ありません。むしろトラブルを回避するために、部下とのコミュニケーションを躊躇したり、育成がおろそかになってしまっては本末転倒です。部下に対して状況や意図を丁寧に説明することは大切ですが、過度に恐れないことです」
見直されるハラスメント防止研修
パワハラ防止関連法の施行により、社内研修を強化する中小企業も多いだろう。ハラスメントの基礎知識を学ぶ研修をはじめ、近年ではアンガーマネジメント( 怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング)やアンコンシャス・バイアス( 無意識の偏見・思いこみ)について学ぶプログラムを取り入れる企業が増えているそうだ。
「プログラムの内容とともに、研修対象者を見直す企業も増えています。これまでは管理職向けの研修が中心でしたが、最近は雇用形態を問わず全従業員を対象とする研修を行う企業が増えています」
管理職側だけが正しい知識を得るのではなく、全員で〝ハラスメントとは何か〞を学ぶ。
何がセーフで、何がアウトなのか、新入社員もアルバイトも派遣社員も一緒に語り合える共通言語を持っておく。そうすれば、なんでもハラスメント認定してしまうような問題も少なくなっていくはずだ。
「社員全員で、ハラスメントについての正しい知識を学ぶこと。まずは、ここから始めてみてください」
正しく学ぼう!ハラスメント講座
Q1.「パワハラ」と「指導」の線引きが難しいです…。なにか基準はありますか?
A1.簡単にいうと、「業務を遂行する上で必要性があるかどうか」「指導方法に相当性があるかどうか」の2点をチェックしてみてください。
例えば、ミスを繰り返す部下を注意した。これは業務上、必要なことですからパワハラにはあたりません。ただし、何時間も立たせて叱責し続けた、学歴を引き合いに出してバカにした、物を投げつけるなどの暴力行為が伴ったとなれば、指導方法に相当性があるとはいえません。
なお、「暴行」「人格否定などの精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「業務とは無関係な雑用処理などの過大な要求」「嫌がらせで仕事を与えないなどの過小な要求」「職場外の継続的監視などの個の侵害」はパワハラにあたるとされています。
Q2.「1on1」など、上司が部下とマンツーマンで話す機会が増えています。注意点は?
A2.本来の1on1は上司と部下が気兼ねなく対話できる貴重な機会ですが、上司が一方的に話すだけの時間になってしまっているケースが少なくありません。1on1に限らず、マンツーマンで部下と接するときに大切なのは、上司側の『聞くマインド』です。私の研修では「7割、聞きましょう!」とお伝えしています。
また、リモートワークでのマンツーマンのコミュニケーションがパワハラやセクハラの温床になることもあります。職場と異なり、他人の目がないためハラスメントがエスカレートしやすく、問題行動があったとしても気づかれにくいからです。面談内容に関して、第三者によるチェック体制があると安心です。
Q3.「ハラスメントを受けました!」と社員からの相談。窓口担当が気をつけるべきことは?
A3.最も重要なことは、その場で判断をしないことです。「上司からセクハラやパワハラをされた!」と泣きながら相談をされたら、焦ってしまったり、同情してしまったりする気持ちはよくわかります。ただ、詳しく話を聞いてみると、実はハラスメントに該当しなかったり、誤解だったりすることも多いのです。その場でハラスメント認定することや、何かしらの判断をすることは避け、「事実」と「解釈」を切り分けながら、丁寧に聞き取りすることに徹します。
また、ハラスメントを行っている人は、複数人に対して同様の行いをしているケースが多いです。情報の取り扱いに注意しながら、周囲にヒアリングを行うのも有効でしょう。
Q4.職場にハラスメント気質な管理職がいます。どうしたら変わってもらえますか?
A4.ハラスメント加害者の多くは、自分自身がハラスメントを行っていると気づいていません。無自覚にハラスメントを行っていたり、部下のため・チームのために必要な行為であると考えています。そのため、当事者自ら変わってもらうことは非常に難しいのです。
有効なのは、まわりからのフィードバックです。「この前の研修で○○という言葉はパワハラにあたるって言っていましたよ」と伝えたり、「こういうやり方は今の時代に合っていないよね」という空気感を他のメンバーと一緒につくっていったり。ときには加害者の上司に相談するなど、まわりが見て見ぬふりをしないことが大切です。
講師への講演依頼はノビテクビジネスタレントで!
自身のハラスメント経験を最大限に活かした、ハラスメント専門研修講師
ダイヤモンド・コンサルティングオフィス合同会社 代表
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