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山崎直子【第1回】シミュレーターと実際の宇宙は大違い – 日常と異なる場でこそ学べるものがある
日常と異なる場でこそ学べるものがある
「新たな環境に慣れるには自分から積極的に動くのが一番の早道です。」
8人目の日本人宇宙飛行士としてスペースシャトル「ディスカバリー号」に乗り、15日間にわたって宇宙に滞在した山崎直子氏。地球と全く異なる場で過ごした経験は、彼女にどんな学びを与え、どんな変化をもたらしたのだろうか?
白谷輝英 ≫ 文 波多野 匠 ≫ 写真
(※本記事は、2016年7月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
シミュレーターと実際の宇宙は大違い
山崎直子氏が宇宙飛行士の候補者に選ばれたのは1999年のこと。それから宇宙に飛び立つまで、実に11年間にわたって訓練を重ねた。しかし、身をもって体験した宇宙飛行は、訓練と大きく違っていたという。
新たな環境に慣れるには自分から積極的に動くのが一番の早道です。
「宇宙服を着用し、スペースシャトルの操縦席そっくりに作られたシミュレーターに座って練習したことは何度かあります。その装置は映画館のように、音や振動も疑似体験できる精密なものでした。また、地球上で感じる重力の約6倍にあたる加速度(約6G)を体験するシミュレーターで訓練したこともあります。でも、打ち上げ本番の迫力や臨場感とは比べものになりませんでしたね。エンジンに着火し、ものすごい轟音と加速度を感じながら離陸した時は、『これがホンモノの打ち上げか!』と実感したものです」
いくら訓練を積み、人からたくさん話を聞いても、その場に行って身をもって体験しなければ分からないことがあるというわけだ。また、宇宙空間は地上とは全く違う。重力がないため、慣れるまでは身体を思いどおりに動かすだけでもひと苦労だった。
「地上なら、ドアノブを回してドアを開けるなど簡単なことです。でも宇宙では、身体を固定しないままでドアノブを回そうとすると、自分自身がくるりと回転してしまいます。また、宇宙では歩く必要がありません。壁を指で軽く押せば、すーっとあちら側まで移動できてしまうのです」
NASA で行われた緊急脱出訓練。訓練期間は11 年にわたった。
こうした知識は、書籍や先輩宇宙飛行士のアドバイスなどを通じて知ってはいた。しかし、それだけでは不十分。宇宙に慣れるためには、自らの身体で覚えることが一番の近道だったという。そこで、スペースシャトルが軌道に乗って一段落ついた頃、山崎氏は船内でさまざまな動作をしてみた。
「天井から立って周囲を見渡すなど、遊び感覚で身体を動かしました。最初は、上下が逆になっている風景に違和感がありましたね。でも動作の途中で、うまく切り替えができるようになりました」
いつもと違う場所に行けば、違和感を感じることもある。しかし、身体を動かしたり注意深く見たりすれば、神経は刺激され、その環境にいち早く慣れることができるだろう。逆に、使わない筋肉や神経は徐々に衰える。山崎氏は、そんな原理を宇宙で再確認したのだ。
プロフィール
宇宙には上下がないので、人間関係の「序列」にも捉われない。
山崎直子(やまざき・なおこ)
1970年生まれ。東京大学大学院工学系航空宇宙工学専攻修士課程修了後、NASDA(現JAXA)に入社して国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の開発などに携わる。1999年、日本人宇宙飛行士候補者に選ばれ、2001年には正式に宇宙飛行士として認定。2010年4月、ミッションスペシャリストとして宇宙に飛び立ち、スペースシャトル「ディスカバリー号」やISS内でさまざまな実験や物資移送責任者の作業を行った。現在は内閣府宇宙政策委員会委員、立命館大学客員教授、女子美術大学客員教授を兼務するなど、多忙な日々を送る。