働き方・生き方
HUMAN RESOURCE DEVELOPMENT 人材育成
江口克彦【第1回】松下幸之助のすべての言葉の根底には「人間大事」がある – 人間観なきところに人は育たず。
人間観なきところに人は育たず。
「経営を理性のみでおこなう企業が増えている現代だからこそ、「人間大事」を説く松下幸之助の言葉の必要性が増しているように感じます。」
江口克彦には3つの顔がある。1つ目は、政治家としての顔だ。現在、「みんなの党」の最高顧問をつとめ、「道州制」実現を目指して精力的な活動を続けている。2つ目は、松下幸之助のもとで23年間薫陶を受け、その哲学を広めてきた著者・講師としての顔。そして、3つ目は、PHPグループを永年率いた経営者としての顔。江口は慢性的な赤字体質だった同グループを短期間で長期的な黒字経営に転換させた実績を持つ。これらの経験から導き出された「人材育成の哲学」を中心に聞いた。
本間貴史 ≫ 文 櫻井健司 ≫ 写真
(※本記事は、2013年10月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
松下幸之助のすべての言葉の根底には「人間大事」がある
松下幸之助
私はふだん、経営者の方に向けて話すことが多いのですが、教育担当者向けのノビテクマガジンの読者の皆さんには若い世代もいることでしょう。もしかすると、若い世代の中には、「松下幸之助の哲学は、今の時代にあまり役立たないのでは?」という印象をお持ちの方もいるかもしれませんね。しかし、松下幸之助の哲学というのは、時代を超えて通用する普遍的なものです。むしろ、経営を理性のみでおこなう企業が増えている現代だからこそ、「人間大事」を説く松下幸之助の言葉の必要性が増しているように感じます。
「人間大事」とは、お互いの人間性を肯定、尊重しあうところから、真の喜び、真の満足感、真の幸福が生まれるという考え方です。そこには、家柄、出自や立場や肩書きの垣根はありません。上司が部下を肯定する、部下も上司を肯定する、このようにお互いを尊重しあう考え方です。
松下幸之助は、この「人間大事」の哲学を徹底して実践した人でした。社員だけでなく、外部の方々に対しても相手を尊重する姿勢を貫いていました。たとえば、取材を受けるときでも、大手新聞社の記者にも、地方新聞社の記者にも同じ態度で接していた。大御所の記者であろうと、駆け出しの記者であろうと、同じ時間を割いて、同じ熱意を込めて対応していた。松下幸之助は、膨大な言葉を残していますが、そのすべての根底に「人間大事」の人間観が流れているのです。
この松下幸之助の哲学に触れる前に、私が松下幸之助と深く関わることになった経緯を簡単にお話したいと思います。私は、大学卒業後、松下電器産業に入社し、27歳のとき(昭和42年)にPHP総合研究所に異動しました。この異動後すぐに、松下幸之助の側で仕事をするようになり、朝から晩までほぼ休日もなく、直接薫陶を受けることになったのです。この生活はその後、約23年間続きました。
PHP総合研究所というのは、戦後すぐに松下幸之助が設立したシンクタンクです。同時に、グループ会社にPHP研究所があり、こちらでは出版も行っていました。PHPグループ(以下PHP)の役割は、政策提言、研究、セミナー、書籍などを通して、松下幸之助の思想である「繁栄によって幸福と平和を」の考えを広めることが役割でした。
36歳のときには(昭和51年)、このPHPの実質的な経営を任されるようになり、その後、社長に就任しました。この貴重な経験から学んだ経営や人生の哲学を講演や著作を通して、多くの方々に伝え続けています。
人材育成にとって「雑談」は欠かせない要素である
今回、ノビテクマガジン編集部さんから、「人材育成、とくにリーダーの育成」をテーマに話してほしいと依頼されました。
人材育成の上で何が重要なのか?拍子抜けするかもしれませんが、大切なのは「雑談」です。
実際に、私自身、松下幸之助との雑談からさまざまなことを学び、それが成長につながりました。私がこれまでまとめてきた「松下幸之助の言葉や哲学」というのは、そのほとんどが雑談中で聞いたものです。「経営の神様」とまでいわれる松下幸之助の言葉というと、訓示のように伝えられたイメージを持つ方が多いでしょう。でも、実際にはそうではなかったんですね。ふだんの会話を通して伝えられることがほとんどでした。
なぜ、雑談が大事なのかといえば、話した内容が相手の記憶に自然に入っていくからです。松下幸之助という人は、むやみに社員を怒る人ではありませんでした。それでも、20年以上も側にいると、時には怒られることもある。でも、怒られたときに話された内容はあまり思い出せないんですね。これは、私が萎縮し、緊張していたためでしょう。だから、言葉が頭の中にうまく入ってこなかった。これに対して、雑談で話した内容は、今でも鮮明に思い出せる。
これは、雑談をしているときには、人の頭は言葉を受け入れやすいモードになっているからなのでしょう。不思議なもので、人生や経営の窮地に立たされたとき、松下幸之助が雑談で話していた言葉が自然に浮かんでくるんですね。
大事な局面で何度も、これらの言葉に救われました。このような経験から、私自身、PHPの経営において、松下幸之助から学んだ「雑談によって人を育てること」を実践しました。
雑談ですから、たわいもない話ばかりです。最近起こった出来事を話したり、旅行や趣味について話したり。ときには社員から恋愛相談を持ち込まれることもありました。そのちょっとした会話の中に、仕事や人生に役立つ考え方を挟み込むと、社員はその言葉を覚えてくれて、自分自身で咀嚼していく。松下幸之助のレベルには及びませんが、たくさんの社員が私と交わした雑談をヒントに成長してくれたように感じています。
講師紹介
江口克彦(えぐち・かつひこ)
PHP総合研究所(現PHP研究所)元社長みんなの党 最高顧問/参議院議員1940年(昭和15年)、愛知県生まれ。慶応義塾大学・法学部卒業後、松下電器産業入社。昭和42年、PHP総合研究所へ異動。以後、松下幸之助の側で23年間にわたり、薫陶を受け続ける。同社の常務取締役、専務取締役、副社長などを経て、平成16年、社長に就任。平成21年に退任後、参議院議員となる。
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松下哲学、松下経営の伝承者株式会社江口オフィス代表取締役/経済学博士
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