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堀井亜生【第三問】犬の投薬治療に100%の効果を求める飼い主にお手上げ – 堀井弁護士流 相手の心を知る分析術
<第三問>犬の投薬治療に100%の効果を求める飼い主にお手上げ
動物病院を経営している獣医です。
皮膚病で来院した飼い犬を診察しました。飼い主は50代女性です。血液検査などいくつかの検査をしても原因が特定できなかったので、効く可能性のありそうな飲み薬を与えて様子を見ましょうと伝えました。すると、「薬は副作用が強いので、できれば飲ませたくない。その薬を飲めば絶対に治るという保証はあるんですか。“絶対に治る”と一筆書いてほしい」と言われました。さらに、「検査をしても意味がなかったのだから、検査代を返金してほしい」とも言われています。
その飼い主と飼い犬は、これまで年に一度はワクチンの接種のために来院していたのですが、このような無茶な要求をする人だとは思いませんでした。私は飲み薬を飲ませるのが最前の治療法だと思っていますが、効果にも差があり100%治るという確約はできませんし、検査を行った以上検査代の返金に応じるわけにもいかず、どうすればいいのか困っています。このような飼い主に対してどう対応したらよいでしょうか。心配です。
相談者:豊田 豊さん※・動物病院経営/獣医・55歳
※相談者は架空の人物です。
A クレーマーと決めつける前に相手の気持ちの背景を考えてみましょう
堀井亜生弁護士
「無茶な文句を言ってくる相手=クレーマー」とは必ずしも限りません。 まずはこの飼い主が本当にクレーマーなのかを見極め、 それから適切な対処を考えましょう。
解説
では、どのように対応すべきか考えていきましょう。
STEP.1 要求の内容からクレーマーかどうかを見極める
相手がクレーマーかどうかを判断するには、相手の要求が何を目的としているのかを考えるとよいでしょう。 「とにかく誠意を見せろ」のように漠然とした要求をしてきたり、「課長が謝ってもまだ足りない、次は部長を出せ」などと、要求に答えてもさらにエスカレートした要求をしてきたりする場合はクレーマーであると考えられます。
反対に何をしてほしいのかという明確な目的がある場合には、クレーマーではないと言えます。 もっとも明確な目的があったとしても、法外な金額を要求するのはプロクレーマーと言えます。
この飼い主は、検査代の返金を要求するとともに、「絶対に治ると一筆を書いてほしい」と言っています。裏を返せば、絶対に治るという保証があれば薬は受け取るし、検査代も意味があったことがわかれば返金しなくていいと思っていることが読み取れます。そして、絶対に治ると保証してほしいのは、飼い犬のことが心配で、無駄な投薬はしたくない、確実に治してほしいと思っているからなのでしょう。
また、検査の必要性について十分理解できなかったので無駄になったと思っているのです。したがって、この飼い主の目的は、あくまで「飼い犬を確実に治したい」ということであって、獣医を困らせたいとか、お金が欲しいという目的でこのような言動をしているわけではないと判断できます。
STEP.2 獣医の医療トラブルの特徴を理解する
では、この飼い主にはどのように対処すればよいのでしょうか。それには、「絶対治ると一筆を書いてほしい」「検査代を返してほしい」と言い出した飼い主の心理の背景にある、獣医の医療トラブルの特徴2点を把握する必要があります。
獣医の医療トラブルの特徴の1つ目は、医師と患者の間でトラブルが起こる人間の医療トラブルと違い、「獣医とやりとりをする当事者(飼い主)と患者(ペット)が異なっている」という点です。これは人医であっても小児科や小児歯科の場合にも共通しています。患者であるペットは言葉を話せないので、どこがどう痛いのか、どう治療してほしいのかを飼い主や獣医に伝えることができません。そこで、飼い主がペットに代わって、どんな治療を受けさせるかを判断しますが、ペットの意思が飼い主にはわからないことにより、飼い主は獣医に対して確実で完璧な治療を求めてしまうケースが多くなってしまいます。
獣医の医療トラブルの特徴の2つ目は、ペットは言葉を話せないので、ペットの病気は外から見てわかるほどの重大な症状になってから発覚することが多い傾向にある点です。飼い主は、ペットの病気が発覚した時に、「この獣医さんにはこれまで何度も診てもらっていたのに、どうして病気に気付いてくれなかったんだ」と思ってしまうのです。
STEP.3 飼い主の誤解を一つ一つ解いていく
STEP.1、2を踏まえて、どのような対応をすればよいのでしょうか。 この飼い主は、「何度も病院に来ていたのに皮膚病に気付いてくれなかった」という不信感から、獣医に対していろいろな誤解をしてしまっている可能性があります。その誤解を一つ一つ解いていくように、段階を踏んで説明する必要があるでしょう。
①ペットを治したいという気持ちは飼い主も獣医も同じ
飼い主がペットのことを大事に思っているのと同じように、獣医もペットを治したいという気持ちを持っていることを伝えましょう。
②医療に絶対はない
ペットを治したいと思っている以上、最善を尽くすつもりではあるが、それでも獣医の提案する飲み薬を飲んだとしても、「絶対に治る」と保証できるわけではないことを説明しましょう。
③本件治療や検査をする理由
医師から検査の際や治療時に説明をしていると思いますが、改めて説明をしましょう。検査は、1つの病気に特定する作業というよりは、1つの症状から考えられる複数の病気から除外していく作業であることを説明し、治療についても現時点で考えられる最善の手段であること、不安であれば他の病院でセカンドオピニオンをお願いすることも勧め、飼い主が納得のいかない状態で、治療を進めることはやめましょう。
このように、獣医の医療トラブルは、当事者(飼い主)と患者(ペット)が異なることから生じる誤解が原因にある場合がほとんどです。このようなトラブルを防止するためには、普段からのコミュニケーションが大事です。 今回のケースであれば、ワクチン接種で来院のたびに「犬の体調で何か気になっていることはありますか?」など、獣医が積極的に声をかけることで、飼い主の獣医に対する信用度が高まり、大ごとにならなかった可能性があります。
また実際にクレームになりそうな場合にも、即クレームと決めつけるのではなく、要求をしてしまう気持ちの背景を聞いてあげることで多くのトラブルは回避できます。頑なに、要求を通そうとする場合には、ペットを治す以外の目的や飼い主の性格によるものである場合があり、これ以上話し合いをしても状況が悪化してしまいます。その場合には、早めに弁護士に対応を相談してください。
もし誤解からトラブルが起きてしまった場合は、その誤解の原因がどこにあるのかよく考えた上で、誤解を解けるように、一つ一つ丁寧に説明をしていくとよいでしょう。
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