働き方・生き方
後藤宗明 – 自分の未来をつくる学び
後藤宗明 - 自分の未来をつくる学び
2022年に政府が「リスキリングを含めた人への支援に今後5年で1兆円を投資する」と発表し、リスキリングに注目が集まっている。
働く個人にとっても、リスキリングは自分の未来をつくっていくために大切な考え方の一つだ。リスキリングをどう捉え、実践すればいいのか。リスキリングの第一人者である後藤宗明氏に話を聞いた。
(※本記事は、2024年5月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
佐藤里奈 > 写真 猪俣奈央子 > 文
後藤宗明(ごとう・むねあき)
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事 チーフ・リスキリング・オフィサー
SkyHive Technologies 日本代表
早稲田大学卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。2002年グローバル人材育成を行うスタートアップをNYにて起業。米国フィンテック企業の日本法人代表、通信ベンチャーのグローバル部門役員を経て、アクセンチュアにて人事領域のDXと採用戦略を担当。2021年日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。翌年AIを利用してスキル可視化を含むリスキリング・プロセス支援を行う米国のSkyHive Technologiesの日本代表に就任。日本全国にリスキリングの成果をもたらすべく、政府や自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行う。
リスキリングは個人レベルの学び直しではない
政府が5年間で1兆円をかけてリスキリングを含めた人への支援を進めると表明し、一気に注目度が増した「リスキリング」という言葉。日本初のリスキリングに特化した非営利団体一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの代表理事を務める後藤氏は、日本に広まる際に「学び直し」と訳されたことで、リスキリングに対して「個人が隙間時間に勉強し直すこと」という誤ったイメージが根づいていると警鐘を鳴らす。
「もともと海外でリスキリングが導入された背景には、AIなどの技術革新により人間の労働がテクノロジーに代替えされていくことへの懸念がありました。いわゆる技術的失業を防ぐために、労働者のスキルを成長させなければならなかったのです。企業が責任をもって従業員に成長分野のスキルを習得させる。これがリスキリングの本来の意図です。労働者が〝AIに代替えされてしまう仕事〞から〝新しい成長分野の仕事〞に移ることこそ、リスキリングのゴールなのです」
一方、日本でリスキリングを導入している企業は、さまざまな研修やオンライン講座を準備し、福利厚生の一環として個人レベルでの学びを促すものが多いという。習得したスキルを〝いかに仕事で活かすか〞ではなく、〝いかに学ぶか〞がリスキリングのゴールになってしまっているのだ。
「リスキリングは、経営者がトップダウンで推し進める必要があると私は考えています。なぜなら、リスキリングは業務時間中にきちんと給与をもらいながら、事業成長に直結するスキルを習得することだからです。学んだスキルをきちんと仕事で活かせるように場を用意する必要もあります。福利厚生や生涯学習の支援ではなく、企業の成長戦略の一環として行われるべきものなのです」
今こそ、〝正解思考〞の脱却を
リスキリングとは、これから必要とされる成長分野のスキルを再習得すること。働く一人ひとりにとっては、リスキリングはまさに〝自分の未来〞をつくっていく学びだといえる。リスキリングが正しく理解され、浸透しているとはまだいえない日本において、個人として何を学び、何を活かしていけばいいのか迷うという方も多いのではないだろうか。
「『何をリスキリングすればいいですか?』は、実は、日本のビジネスパーソンから頻繁にされる質問の一つです。おそらく日本では、空気をよんだり、仕事相手に忖度したりと自分がどう振る舞えば認められやすいのかを気にする人がとても多い。まずは、この正解思考から脱却する必要があると考えています。なぜなら、これからの時代ではAIが簡単に正解を出してくれるからです」
AI時代では「何をやったらいいのか」ではなく「何をやりたいのか」が、リスキリングの起点になると後藤氏はつづける
「まずリスキリングは、正しいマインドセットから始めてほしい。自分は何が得意なのか。何に喜びを感じるのか。これからどう生きていきたいのか。過去を棚卸し、現状を分析し、未来の方向性を描く。どんなキャリアを築きたいのかについて自分自身で決めることが、リスキリングの出発点になります」
しかし、個人でリスキリングの方向性を定めた場合、それが必ずしも会社の方向性と一致するとは限らない。あるいは、会社が従業員のリスキリングの環境をまったく整えようとしないというケースも少なからずあるだろう。
「個人として描くキャリアと会社が推し進めるリスキリングの方向性が違う場合には、上司や人事と丁寧にすり合わせをしていく必要があるでしょう。そもそもリスキリングの環境がまったくないという場合には会社にしっかりと交渉してほしい。大手企業の場合であれば、労働組合の方々に賃上げとリスキリングの環境整備をセットで交渉する取り組みを僕自身も支援しています。また、中小企業であればリスキリングの推進責任者を一人決めてもらいましょう。可能であれば、そのリーダーに自ら手を挙げてみる。そうすれば、リーダーシップを持って社内のリスキリングを推し進めるという得がたい経験もできます」
また、後藤氏は、社員がリスキリングの環境整備の必要性を訴えた際に、何も関心を示さない経営陣であれば、その会社に居続けるべきかどうかを考えたほうがいいと付け加える。なぜなら、労働人口が縮小の一途をたどる現代で社員の成長に無関心な企業に居続けるのは、沈みゆくタイタニック号に乗船しつづけるようなものだからだ。
経営者は、恐れず社員にリスキリングの機会を提供してほしい
企業はどのようにリスキリングを推進していけばいいのだろうか。海外ではリスキリング推進のためにCHRO(最高人事責任者)とは別にChief Learning Officer(チーフ・ラーニング・オフィサー、以下CLO)を設置している企業が多いという。CLOは最高人材・組織開発責任者と訳され、自社のリスキリング推進責任者の役を担う。総収入全米上位500社に該当する「フォーチュン500企業」のほとんどでCLOを置いているというから興味深い。
「たとえば、企業が生き残りをかけて大胆な事業変革をする場合には、自社内に必要なスキルを持つ人材が少ないため、全社でリスキリングを推進する必要があります。まず、自社にどういうスキルを持つ人がいるのかを把握し、今後どのようにリスキリングを推進していくのかを決め、責任を持って実行していく専任者が必要です」
しかし一方で、人事部にはリスキリングを進めるために必要なデジタルスキルを持ち合わせている人が少ないという課題がある。そこでCLOを置くケースが増えているようだ。
「人事は、たとえば人の見極めにおいても、データよりも対面で話をして判断したいと考える人が多い。それもまた大切なことです。ですから海外ではCEO直轄にCLOを設置し、人材戦略を担うCHROや社内のDX化などを行うCDO(最高情報責任者)と協働しながら自社のリスキリングを進めていくケースが多いのです」
生成AIの普及をはじめ、これからは柔軟に事業を変革していくマインドを持つ企業でなければ生き残りが難しい時代にますますなっていく。
不採算部門や非生産的業務に就いている従業員を成長事業や採算部門に配置転換していくためにはリスキリングは欠かせない。後藤氏は、「経営者はリスキリングの機会を提供することを恐れないでほしい」と語る。
「経営者の中には、リスキリング機会を提供すると、従業員が辞めてしまうと思いこんでいる方がいます。多くの場合はリスキリングの機会があることがプラスに働き、会社や組織へのエンゲージメントは高まります」
万が一、新しくやりたいことが見つかり退職する社員がいたとしても、良好な関係が維持できていれば将来的に成長してまた戻ってくる可能性は残る。「リスキリング機会を提供せずに逆に社外から優秀な人材が入ってこない環境をつくるほうが余程、悪手」と後藤氏は強調する。
「将来の成長事業を創出し、それを担う人材を育成するために大切なのは、学ぶ機会だけではなく、スキルを実践する機会を提供することです。未経験者に新しいスキルを習得する機会を〝業務〞を通じて提供すれば離職防止にもつながりますし、事業成長に直結する人材開発が可能になります」
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後藤宗明
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事 チーフ・リスキリング・オフィサー/SkyHive Technologies 日本代表