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澤口俊之【第1回】怒りは「恐れ」と密接な関係を持つ – 怒りとの正しい付き合い方 ~アンガーマネジメントが組織を導く~
怒りを避けずに、前に進む原動力とせよ!
「怒り」とは、人類が地球上に登場したときから備わっている、根源的な感情。
一般に、「怒り」は良くない感情だと捉えられている。しかし、怒りにはポジティブな側面もあるのだ。では、どうしたら怒りを前向きな力に変えることができるのだろうか?
認知神経科学や霊長類学の研究を手がけ、メディアなどでも大活躍中の脳科学者である澤口俊之氏に、怒りのメカニズムと、上手な付き合い方をうかがった。
白谷輝英 ≫ 文 櫻井健司 ≫ 写真
(※本記事は、2016年10月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
怒りは「恐れ」と密接な関係を持つ
「怒り」とは、人類が地球上に登場したときから備わっている、根源的な感情です。
人の脳は、大脳・間脳・小脳・脳幹の4つに大別されます。この中で、知覚や感情、思考などを司っているのが大脳です。そして大脳は、「前頭葉」や「側頭葉」などに分かれ、それぞれ異なる役割を果たしています。
怒りを司っているのは、側頭葉の内側にある「扁桃体」と呼ばれる箇所です。これは、は虫類にもある「古い脳」で、恐れを感じる場所でもあります。例えば、事故や手術などで扁桃体が傷つくと、恐怖や怒りを一切感じなくなってしまうケースがあります。
実は、怒りと恐れの間には、とても密接な関係があります。草食動物が肉食動物に追われるとき、扁桃体ではアドレナリンやノルアドレナリンというホルモンが分泌され、それが恐怖反応を引き起こしています。それにより、動物は逃げたり、相手に立ち向かったりするわけです。よく「窮鼠猫を噛む」と言いますよね。あれは、恐れを感じたネズミが、それを怒りに変換してネコに立ち向かうという仕組みになっているのです。
人も同じです。原始的な怒りは、恐れから引き起こされます。それが抗議行動に移ることにより、怒りという形で表現されるのです。
有酸素運動や瞑想は怒りの制御に有効
怒りを感じるたびに怒鳴り散らしたり、暴力を振るったりするようでは、社会生活を送ることが難しくなります。そこで人の脳には、怒りをコントロールする機能が備わっています。
感情を制御するのは、前頭葉の中にある「前頭前野(前頭前皮質とも呼ぶ)」です。この部分は、脳の中で成熟が最も遅く、20歳を過ぎても成長することが知られています。若者の中には怒りを制御できない人もいますが、これは前頭前野が十分に成熟していないからです。
歳をとると怒りっぽくなるのも、前頭前野が萎縮して怒りを制御する力が弱まるからだと考えられています。また高齢者の場合、怒れば怒るほど脳の神経細胞が死ぬことが実験で分かっています。そのため、怒りっぽい高齢者ほど神経細胞を失うペースが加速し、認知症になりやすいという実験結果もあるんですよ。
また、経営者ほど脳の萎縮が早いというデータもあります。トップに立つと周りにストッパー役がいなくなり、怒りをぶちまけやすい環境になる。それで、神経細胞が減ってしまうわけです。
ただし、悲観することはありません。怒りを制御する能力のうち、遺伝要素で左右される比率はたったの3割。残りの7割は環境で決まります。つまり我々は、努力によって前頭前野の機能を強くし、怒りのコントロール能力を高めることができるのです。
怒りの感情が生まれるのは、大脳の側面に位置する側頭葉の中にある扁桃体。そして、それをコントロールするのが、大脳の前の方にある前頭前野だ。怒りの現れ方は、両者の相互作用によって決まる。
有酸素運動に取り組むと、前頭前野が大きくなります。血液の循環が良くなって、脳に回る酸素や栄養分が増えるのが理由の一つ。そしてもう一つが、体内で「イリシン」という物質が分泌されることです。イリシンは「脳由来神経栄養因子(BDNF)」を増やすことが研究で分かっており、これが神経細胞を成長させるのを助けるのです。ですから、「私は怒りっぽいかもしれない」という自覚があるなら、ジョギングなどに取り組むと改善が見込めるでしょう。
瞑想したり、良い香りをかいだりするのも効果的です。こちらは有酸素運動と違い、なぜ前頭前野の強化をもたらすのか解明されていません。しかし経験上、瞑想が前頭前野に効くのはほぼ確実です。
ただし、一般の人はいきなり瞑想しようとしても難しいでしょう。そこでお勧めなのが、アロマオイルなどを楽しみながら、「ボー」っと声をだすことです。僧侶はお香を焚いて読経をしますが、原理はあれと同じ。良い香りをかぎながら声を出すと、瞑想状態に入りやすくなります。
普段から、有酸素運動と瞑想によって前頭前野を鍛える。そうすれば、怒りを上手に抑えることができるでしょう。
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