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青山征彦 – 自律的・継続的な学習をいざなう条件
青山征彦 - 「趣味に没頭できる理由」から考える、 自律的・継続的な学習をいざなう条件とは?
「せっかく研修メニューを充実させたのに受講者が増えない」
「もっと学ぶ姿勢を見せてほしいのに、ごく一部の社員しかeラーニングを活用していない」――。こうした悩みを抱える教育担当者は少なくないだろう。人間が自律的に学び、しかもそれを継続させていくためには、どのような条件が必要なのだろうか。「趣味の学習」をキーワードに研究を重ねてきた、成城大学社会イノベーション学部の青山征彦教授に聞いた。
(※本記事は、2023年5月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
中澤仁美 > 文 櫻井健司 > 写真
青山 征彦(あおやま・まさひこ)
成城大学 社会イノベーション学部 教授
1998年、筑波大学大学院博士課程心理学研究科を単位取得退学。筑波大学文部技官、駿河台大学現代文化学部・心理学部の准教授を経て、2016年より現職。
専門は認知科学と認知心理学で、状況論の立場からコミュニティーにおける学びについて研究している。越境学習やアクターネットワーク理論に関する研究でも知られている。著書に『スタンダード学習心理学』(サイエンス社・共編著)、『越境する対話と学び―異質な人・組織・コミュニティをつなぐ』(新曜社・共編著)、『状況と活動の心理学―コンセプト・方法・実践』(新曜社・共編著)など。
趣味活動を支えていたのは「外的な要因」だった
誰に頼まれたわけでもないのに、どうしてここまで熱心に活動を続けられるのだろう――。青山教授が「趣味の学習」について研究を始めた背景には、こうした素朴な疑問があった。
「長らく大学教員をしてきましたが、ゼミなどで出会った学生の中には趣味にのめり込んでいる人も多く、そのモチベーションや継続性について興味がわいたのです。そこで、あまり研究がなされていなかった、アクセサリー作りが趣味の学生たちに協力してもらうことにしました」
その結果、次々と興味深いことが明らかになっていった。
「何もないところから思い立ったように趣味を始める人はほとんどいません。周囲に誘ってくれる人がいたり、SNSなどであこがれの存在ができたりして、新しい活動に手を伸ばしています。また、『子どものころからビーズ集めをしていた』『よく画材屋に出入りしているからレジン(樹脂)になじみがある』といったプレヒストリー(前史)を持っている人も多く、そこから趣味活動へいざなわれていることが分かりました。アクセサリー作りについていえば、パーツを扱う専門店も多くなり、100円ショップでも気軽に材料を購入できるという環境要因も、ハードルを下げる大きな助けとなっています」
その後も調査を継続したところ、学生たちが卒業して社会人になり、忙しさゆえ趣味から離れてしまっても、ちょっとしたきっかけから趣味を再開することはめずらしくなかった。SNSやイベントなどで好きな作家の作品を目にしたことが刺激になり、手元に残ったアクセサリーパーツを活用するというように、趣味の世界は一度中断しても、再開するのはそれほど難しくないのだ。
「趣味というと内なる創造性がモチベーションになるイメージが強いですが、私の研究からは『むしろ外的な要因によるところが大きい』といえます。継続性についても本人の意志の強さは必ずしも関係なく、安価にアクセサリーパーツを買える店、無数のお手本を見られるインターネット、周囲の評価を得られるSNS、作り方を気軽に学べる動画サービス、作ったアクセサリーを身につけて披露できるイベントといった社会的な仕組みこそが、趣味活動を支えていたのです」
個人のやる気に頼らず学びへの動線を設計しよう
この研究結果は、青山教授の理論的な立場である状況論(人間の認知は具体的な状況と切り離すことができないとする立場)の考え方からしても、納得できるものだった。
「そもそも人間は社会的な生き物であり、自分が置かれた状況に応じて振る舞うもの。一つひとつの言動は、すべてを自分の意志で行っているわけではなく、周囲の人やものとのかかわりの中で生まれてくる部分が大きいのです。趣味のような『自由時間に率先してやりたいこと』ですら、社会の中で形づくられていきます」
こうした発想は、社会人の学びにも大いに生かせるはずだと青山教授は言う。
「企業の教育担当者が『もともと個々人の中に学習意欲が存在する』という前提で施策を進めてしまうと、社員の意識とのずれが大きくなるばかり。外部刺激があるからこそ人は何かに関心を持ち、その結果として学習意欲がわいてくるのですから」
青山教授によれば、企業における適切な学習環境を整える上で欠かせないのは「学び手の視線」を持つこと。「相手の興味はともかく、研修メニューをたくさん用意すれば自発性を持って学んでくれる」などと安易に考えてはいけないようだ。
「当然のことですが、社員が本当に関心を抱いている、あるいは日常的に課題を感じている領域であれば学習意欲が高くなり、頼まれなくても勝手に学ぶようになるケースさえ珍しくありません。例えば、現役の教育関係者であればChatGPT(OpenAI社による対話型人工知能ツール)に興味がないという方はほとんどいないでしょう。なぜなら、不当にAIを使って課題などをこなされたときに、どう対応するかを考えなくてはならないからです。このように、相手が学びたいことを的確につかみ、それに合った教育プログラムを提供することは重要です」
しかし、現実には教育担当者の「学んでほしいこと」と個々の社員の「学びたいこと」が一致しないというのもよくある話だ。例えば、経営理論やコンプライアンスといった領域は、長期的には非常に重要であるものの短期的には成果があがりづらく、モチベーションを呼び起こしにくいことが多い。
「そうした領域でこそ、教育担当者が適切な外部刺激を生み出し、学びへの動線を設計することが求められます。シンプルかつ実行しやすい方法は、実際に研修を受けた社員の声をシェアすることです」
受講者による「○○の部分がおもしろかった」「○○に役立つからお勧め」といった意見には説得力があり、周囲の学習意欲を大いに刺激してくれるという。教育担当者や各部門の上役が率先して楽しそうに学ぶ姿を見せれば、その効果はさらに波及していくだろう。
個々の学ぶ姿勢を評価し周囲で盛り立てよう
多くの人にとって孤立無援、すなわち周囲との関係性が断たれた状況で学びを継続することは簡単ではないが、本当に孤立無援であることは少ないと青山教授は言う。
「同じ趣味を持っている人が周囲にいないようでも、実際には『見えないコミュニティー』に支えられているもの。各種SNSやハンドクラフト系の通販サイトなどで愛好家同士が緩くつながっており、それが趣味活動を継続する支えになっています。社会人の学びにおいても、こうしたコミュニティーづくりが重要になるでしょう」
とはいえ、具体的にはどうすればよいのだろうか。
「まずは、どのような内容であったとしても、自己研鑽に励んだという事実を評価する環境をつくりましょう。教育担当者は高い目標や目覚ましい成果を求めがちですが、それは二の次。学ぶという姿勢そのものを褒める風土を、組織の中に定着させてほしいのです」
評価といえば昇給や昇進をイメージしがちだが、そうしたことに限った話ではないと青山教授は強調する。
「例えば、アクセサリーを完成させたら、SNSにアップしたりイベントで着用したりして、周囲から『いいね!』『どうやって作ったの?』とリアクションをもらうことが大きな喜びであり、次へのモチベーションとなります。社会人が何かを学習したときも、そのことを披露して反応を得るプロセス自体が、ある種の評価になり得ます」
多くの企業では、社員が研修に参加しても、それを周囲にフィードバックする機会はめったにない。むしろ、周囲から「半日職場を離れた人」といったマイナスイメージを抱かれることさえある。
「研修で習得したことを簡単にまとめて、同じ部署のメンバーに共有する機会があるだけでも、学びはまったく違う体験になります。シェアする、人に語る、評価されるといった要素なしに、一人きりでコツコツと学ばせようなんて無理筋だといえるでしょう」
だからこそ、課外活動や飲み会といった職場コミュニケーションの仕掛けが得意な組織では、学び合う風土もつくりやすい傾向にあるという。個ではなくコミュニティー全体に対して学びを提供する視点が大切なのだ。
「近年、いわゆる越境学習(自身の職場と異なる環境で働き、学びを得る活動)が注目を集めていますが、『越境先にそのまま転職されてしまった』という話もあったりします。そうした事態を防ぐためにも、自社に持ち帰ってくれた知見を高く評価し、社内で共有する仕組みづくりが欠かせないのです」
コミュニティーを耕し学べる組織の土壌づくりを
コロナ禍を経て、オンライン環境で働いたり、研修を受けたりするビジネスパーソンは急増した。このことは「学習のコミュニティーづくり」という観点からもプラスにもなり得ると青山教授は言う。
「コミュニケーションツールを上手に活用すれば、対面以上のやり取りが可能になります。メンバーが今どんなことに興味を持っていて、何に取り組んでいるかといった情報を気軽に共有できることが、学びやすい環境につながるはずです」
時間や場所を越えてつながる仕組みを上手に活用することも、教育担当者の腕の見せ所といえそうだ。
最後に、社会人の学びについて、青山教授はこう指摘した。
「そもそも企業は働く場であり、学習の場ではありません。まるで学校であるかのように『自律的に学習しなさい!』と強制するのは難しい部分もあるでしょう。だからこそ、当事者が何を学びたがっているか的確に把握したり、学習意欲を刺激する環境を設計したりといった工夫が求められるわけです。手始めに、学び続けられるコミュニティーを耕すところから着手したらどうでしょう。鍬を持つキーパーソンは、言うまでもなく教育担当者です」