働き方・生き方
田中弦 – 心理的安全性の高い組織をつくる
田中弦(Unipos株式会社) - 心理的安全性の高い組織をつくる、コミュニケーションの秘訣
「心理的安全性」が注目されて久しい。仲間同士で率直に意見を言いあえるチームをつくりたいと考えるリーダーも増えた。一方で理想を実現するのは難しく、具体的なコミュニケーション法がわからないという声も聞く。心理的安全性の高い組織をつくるためのヒントを探るべく、Unipos株式会社の代表取締役社長CEOで『心理的安全性を高めるリーダーの声かけベスト100』(ダイヤモンド社)を上梓した田中弦氏に話を聞いた。
(※本記事は、2023年1月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
猪俣奈央子 ≫ 文 櫻井健司 ≫ 写真
田中弦(たなか・ゆづる)
Unipos株式会社 代表取締役社長CEO
1999年にソフトバンク株式会社のインターネット部門採用第一期生としてインターネット産業黎明期を経験。その後ネットイヤーグループ、コーポレートディレクションを経て、2005年ネットエイジグループ(現ユナイテッド社)執行役員。モバイル広告代理店事業を立ち上げ後、2005年アドテクとインターネット広告代理店のFringe81株式会社を創業。代表取締役に就任。2013年3月マネジメントバイアウトにより独立。2017年8月に東証マザーズへ上場。2017年に社内人事制度「発⾒⼤賞」から着想を得たUniposのサービスを開始。2021年10月に社名変更し、Unipos株式会社 代表取締役社長として感情報酬の社会実装に取り組む。2023年より日本企業956社すべての統合報告書を読み、人的資本経営や開示手法について研究・発言をしている。ITmediaにて人的資本に関する記事を連載中。「心理的安全性を高める リーダーの声かけベスト100(ダイヤモンド社)」著者。
同僚に報酬を送りあえるピアボーナス®とは
組織の心理的安全性を高め、従業員が挑戦できる風土をつくるピアボーナス®サービス『Unipos(ユニポス)』が、今注目されている。アース製薬やメルカリ、信金中央金庫、日本たばこ産業、トヨタ自動車など業界を問わず、日本を代表する企業が続々と導入しているのだ。『Unipos』は、従業員同士で日ごろの仕事への感謝や称賛を伝えあい、少額の報酬を送りあえるサービス。もともとは2014年に同社社長の田中弦氏が社内制度として始めた『発見大賞』に端を発したものだという。
「当時は社員数50人の壁を越え、どんどん人が増えている時期でした。社内には営業やエンジニア、デザイナー、バックオフィスなどさまざまな職種のメンバーがいて、誰がどんな仕事をしているのか、一緒に働く仲間がどんな人なのかといったことが徐々に見えづらくなっていました」
そんなとき、田中社長が朝出社すると、あるエンジニアが机に突っ伏していたという。「どうしたの?」と声をかけると、本人は「いや、大丈夫です」と答えた。他の社員から話を聞くと、そのエンジニアは夜中に会社に駆けつけ、障害対応をしてくれていたという。
「社内には、すばらしい働きをしてくれている人がたくさんいます。でも経営者が察知できるのは、ほんの一握りなんです。〝仕事だからあたりまえ〞とアピールしない人は多いですし、結果だけを見てプロセスまで把握できないこともあります。会社には称賛すべき小さな行動がたくさん埋もれていることに気づきました」
そこで田中社長は『発見大賞』と書かれたお手製の投票箱をつくり、「社内で良い行動を発見したら投票してほしい」と社員に呼びかけた。会社として大々的に始めた取り組みだったが、当初は誰も投票しなかったという。しかし「受賞者には社長が寿司をおごる」というルールに変更すると、わっと投票数が増えた。善意に任せるのではなく、感謝や称賛の言葉を送るきっかけづくりが大事だと感じた出来事だった。
「この施策を続けてしばらく経つと、組織が変わっていく実感がありました。実際、離職率もぐんと下がった。知りあいの経営者に自慢すると、真似をする会社が出てきて、他の企業でも成果が出始めたんです」
互いの貢献を知り、認め合う体験は、共に働く仲間の心に火を灯し相互理解を深め、組織全体に信頼感を生み出した。この仕掛けに組織を変える力があると確信した田中氏は、サービス化を決意。社員の貢献を見える化し、感謝や称賛をリアルタイムでシェアできるサービス『Unipos』はこうして誕生した。
〝最近どう?〞はNGワード
仲間の仕事ぶりを褒め、感謝の気持ちを伝える。間違いなくすばらしいアクションだが、〝空気をよむ力〞や〝阿吽の呼吸〞を大事にしてきた日本企業には、フィードバック文化は根づいていない。相手を褒めたり、フィードバックしたりすることが不得意な人も多いのではないか。この疑問に対して田中氏は「フィードバックが苦手というよりも、そもそも相手について知らないことが問題になっているケースが多い」と語る。
「たとえば、上司と部下が1対1で対話する1on1では、『最近どう?』と話を切り出している上司が多いんです。『最近どう?』と言われた部下は、〝この人は私について知らないんだな〞〝あまり興味がないんだろう〞と感じます。対話の前に、まずは相手について知ること、興味を持つことが何より大切です。メンバーの変化やプロセスを知っていれば、『○○のプロジェクトで頑張っていたね』『3カ月前と比べて○○の力が飛躍的に成長したよね』などと、より具体的な声かけから1on1を始められるはずです」
若手から見れば、組織はまったく平等ではない
相手について知れば、双方向のコミュニケーションが増える。それぞれが臆せず自分の意見を伝えられれば、すべての人の能力を活かしきれるようになる。そんな心理的安全性の高い組織づくりを目指すリーダーは、具体的にどんなコミュニケーションを心がければいいのだろうか。
「日本企業の就業者数を年代別に調べてみると、日本で若手といわれる35歳未満は全体の23%。ましてや20代となると15 %しかいません。若手に〝積極的にアイデアを出してほしい〞〝失敗していいから、どんどん挑戦してほしい〞と言っているベテランは、彼ら彼女らが置かれている状況を想像してほしい。若手から見れば、組織はまったく平等ではない。若手は圧倒的なマイノリティなんです。信頼関係がない中で、〝挑戦しろ〞といっても余計におびえさせるだけ。この事実を念頭に置いたうえで、若手にとって発言しやすい、行動しやすい環境とは何かを考え、みんなでつくっていくことが肝心です」
心理的安全性が高く、働きやすい環境は、〝全員でつくるもの〞だと田中氏は強調する。環境は誰かがつくるものではなく、その場所にいる一人ひとりが影響しあって生まれるものだからだ。
「上司も部下も、実は両者ともが、環境の破壊者になれるんです。部下側にも、その自覚を持ってもらい、どうすれば自分たちが目指す環境をつくれるかを一緒に考えてもらう。とくに人間関係がうまくいっていないときには、人と人の関係性ばかりに気をとられがちです。〝関係性〞ではなく〝環境〞に注目することが大切。その言動が、環境をこわしていないか、よりよい環境づくりにつながっているかに注目してみてください」
バリューを発揮した人を発見・称賛し、共有する
企業の価値観をあらわすミッション・ビジョン・バリューに心理的安全性を考慮した指針や基準を盛りこむ企業が増えてきた。しかし掲げてみたものの、組織の内実は変わらないと頭を抱えている経営者や人事も多いと聞く。ミッション・ビジョン・バリューがうまく組織に浸透していく企業と、そうではない企業の差はどこにあるのだろう。
「ミッションやビジョンを〝スローガン〞と捉えるのか、〝社員の行動の一つひとつが蓄積された結果、成し遂げられるものだ〞と捉えているかによる違いではないでしょうか。
たとえば顧客主義という言葉一つをとっても、お客様の要望にすべて〝イエス〞と答えることだと思う人もいれば、お客様の利益のためなら〝ノー〞と言うことも大切だと考える人もいます。会社が定めているミッション・ビジョン・バリューとは、個人のどのような行動を指すのか。一つひとつの解釈を行動に紐づけていくことが大切です。
そして発揮された行動を、情報として知っておくこと、シェアしあうことがとても重要。経営者が新人と廊下ですれ違ったとき『○○さん! このまえのあの行動、バリューを発揮していてすごく良かったよ!』と、自然と声をかけることができたら、その組織は強くなります」
会社として目指すべき方向について、解釈をすりあわせ、社員のすばらしい行動をいかに発見し、情報をシェアし、お互いに知りあえるか。ここに心理的安全性の高い組織をつくるためのヒントがある。