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前野隆司【第1回】自律すると幸せになれる ‐ 科学で読み解くヒトの自律と幸せ
科学で読み解くヒトの自律と幸せ
「人は幸せになると自律的になれるようなのです」
以前はロボットに心をもたせる研究をしていた前野隆司氏。13年前にたどり着いた結論は「科学で考えると、ロボットも人間も一緒*」。ならば、人間の幸せに直結する研究がしたいと始めたのが『幸福学』。工学、哲学、脳科学、科学技術の道に明るい同氏が紐解く、自律と幸福の関連性とは。
*2005年に前野氏が発表した「受動意識仮説」によるもの。人間が自由意志と思っているものは、実は脳の無意識部分の働きによるものだとの論をこれまでの研究結果や脳科学によって導いた100%ロジカルな学説。著書『脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説』で詳しく説明されている。
櫻井健司≫写真 村上杏菜≫文 小谷奉美≫インタビュー
(※本記事は、2017年10月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
自律すると幸せになれる
企業や大学でロボットの研究に携わり、ある時期にはロボットに心を持たせることを試みていた慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授、前野隆司氏。心を持った人間に近いロボットを作ろうと人間の意識の研究を深めていくうちに、人間の方により興味を惹かれるようになったという。
科学から見ればロボットも人間も似たようなもの。”自律”も”自由意志”も思い込みだとわかれば何もこわくはない。
「笑うロボットを作ることはできたんです。幸せロボット。一見、心があるように見えるけど、しょせん人がプログラミングして作った見せかけのものにすぎない。だったら、人の幸せに直接つながる研究をしたいと思い『幸福学』の研究を2008年から始めました」
日本で『幸福学』の第一人者と言われる同氏によれば、人は自律した生き方の方が幸せだという。
「幸せだと感じている人たちを様々な角度から検証していった結果、幸せには条件があり、定義づけができることがわかりました。そして、幸せな人には自律している人が多いこともわかったのです。人は幸せになると自律的になれるようなのです」
そのために必要なことは何だろうか?
「『自己受容(自己肯定)』と『他者信頼』の2つの下ごしらえです。自己否定したり、非協力的な環境下では、自由な発想も行動もできない。もちろん、幸せでもない。『悪いところもあるけどこれも個性だよね』と自分で自分を認めること、そして『応援してるよ』『大丈夫』『私たちが支えるよ』といった愛、尊敬、信頼のある人間関係を構築できた人が自律的になれるのです」
日本人は世界一不安になりやすい遺伝子を持つ民族だと前野氏は言う。幸福度に影響するセロトニンの分泌が諸外国人に比べて少ないという研究結果もあるそうだ。
「本来日本人は農耕民族。みんなで助け合いながら暮らしてきた長い歴史があります。一方、成果主義、個人主義で経済成長を遂げてきた欧米諸国は狩猟民族。遺伝子も文化もまったく違う。日本人に、主体性や個人主義を強く勧めるのはマイナス面もあり、西洋的な教育や経済観念が広がった結果、鬱や自殺も増えています。それではどうすればいいのか?まずは、『何をやってもいいんだよ』と安心できる環境を整え、周囲の人々に支えられることによって自律が芽生えてきます」
実際の職場ではどうすればいいのか?
「今、企業に足りないのは”愛”です。そんなウェットなことを、と思いますか?(笑)でも、幸せな人は創造性が3倍との研究結果があります。社員みんながお互いを思いやり、助け合えば、他者信頼が上がり自己肯定感も高まる。すると全員が自律的になり、創造性も3倍!」
働き方改革や職場改革がうまくいかないのは、愛と効率化を二項対立させてしまうからだ。
講師紹介
前野隆司(まえの・たかし)
1962年山口県生まれ。東京工業大学卒、同大学修士課程修了。キヤノン株式会社勤務。カリフォルニア大学バークレー校VisitingIndustrialFellow、ハーバード大学VisitingProfessor、慶應義塾大学理工学部教授等を経て、2008年よりSDM研究科教授。2011年4月よりSDM研究科委員長。博士(工学)。ヒューマンインターフェイス、幸福学などをもとに幅広い分野でシステムデザイン・マネジメント研究を行う。『実践ポジティブ心理学幸せのサイエンス』『幸せのメカニズム実践・幸福学入門』『システム×デザイン思考で世界を変える慶應SDM「イノベーションのつくり方」』など著書多数。