働き方・生き方
BUSINESS SKILLS COLUMN LIST ビジネススキル
高橋博之【第2回】一次産業の声なき声を伝える
「拡声器」の役割を果たし 一次産業の声なき声を伝える
「僕の役割は、あくまでも相手の心に火を灯すこと」
自分が本当にやりたいことを説明し、協力を得られるまでに納得してもらうのは並大抵のことではない。相手が初対面の人や、異業種の人であればなおさらだ。しかし、それを実現してきたのが高橋博之という人物。新しいメディアやサービスを立ち上げ、生産者と消費者をつなげる「縁の下の力持ち」に、相手の心を動かす〝伝え方の極意〞を訊いた。
中澤仁美≫ 文、佐々木信之≫ 写真
(※本記事は、2020年1月1日発行のノビテクマガジンに掲載された記事を再構成しました。)
高橋博之(たかはし・ひろゆき)
1974年、岩手県花巻市生まれ。岩手県議会議員を2期務めた後、2013年にNPO法人東北開墾を立ち上げ、食べ物付き情報誌「東北食べる通信」編集長に就任。2014年、一般社団法人「日本食べる通信リーグ」を創設。2016年、農家や漁師から旬の食材を直接購入できるスマホアプリ「ポケットマルシェ」をローンチ。『だから、ぼくは農家をスターにする──「食べる通信」の挑戦』(CCCメディアハウス)、『都市と地方をかきまぜる──「食べる通信」の奇跡』(光文社)など著書も多数。株式会社ポケットマルシェ代表取締役社長、一般社団法人日本食べる通信リーグ代表理事、非営利活動法人東北開墾代表理事。
出たとこ勝負の旅に似た独自のやり方で講演し聴衆に「熱」を伝える
講演やプレゼンテーションをする機会も多い高橋氏だが、その方法はかなり独特だ。
「90分間ほどの長めの講演であっても、スライドなどの資料は一切用意しません。言葉と身振り手振りで伝えます。毎回、聴衆に寝られてしまったら僕の負けだと思って臨んでいます。どこか道場破りに近い感覚かもしれませんね」
しかも、話す内容を事前に組み立てることはせず、会場に着いてから考えるのが基本。開演直前、席に着いた聴衆の顔をこっそりのぞいてから、トイレの個室に5分ほどこもって展開を決めることが多いという。
また、自社のサービス紹介をするような場面でも、それについて語るのは2~3分程度。残り大半の時間を、現在の一次産業が置かれた状況といった社会問題の話に費やす。
「せっかく会場に来てもらっているのに、ちょっと検索すれば出てくるような話をするのは申し訳ないですからね。直接顔を見て、自分の体験をもとに個別具体的なことを語り、”熱”を伝えたいと思っています」
素人には真似できない離れ業といった印象だが、そこまでして”熱”を伝えることにこだわるのは、数え切れない人々の思いを背負っているからだという。
「議員時代から現在に至るまで、一次産業を担う人の声なき声を聞き続けてきた自負があります。都会の発展を支えてきた地方の足腰が弱っている今、怒りやあきらめの感情を抱えている生産者は少なくありません。僕にできるのは”拡声器”となってその人たちの声を伝えることなのです」
うまく伝えよう、よく見られようという小手先のテクニックには頼らない。「生きた情報」と、それを広く伝えたいという熱意こそが、相手を動かす伝え方の根底にある。高橋氏は、自身の講演のやり方を、次のようにたとえてみせた。
「一般的には、計画通りに工程を進めてきちんとゴールにたどり着くパック旅行のような話し方がよいとされがちです。しかし、予定調和だけではつまらない。僕の講演は、いわば出たとこ勝負の、行き当たりばったりの旅のようなもの。偶発的な出会いを楽しみつつ、思ってもみなかった景色に出合いながら、今回はどんな新しいことが起こり、どう転がるのか、僕としても毎回ワクワクしています」
聴衆の反応を受け止めながらの臨機応変な講演では、脱線や寄り道は当たり前。同じ講演は二度とできない。まさに一期一会なのだ。
「伝える力」で一次産業に対する無関心を克服したい
独自の講演のやり方を編み出した高橋氏でも、メッセージの伝え方についてはいまだに悩むことがあるという。
「政治家時代はシンプルに正論を話せばよかったのですが、ビジネスの世界では『べき論』を語ったところで必ずしも効果的ではない。一方で、角の取れた当たり障りのない話では相手の心を揺さぶることはできません。どうすればメッセージが相手に”刺さる”のか。答えは一つではないだけに、難しいところだと思っています」
この高橋氏をもってしても容易ではない課題に対しては、チームプレーで向き合っているという。
「ポケットマルシェの理念に共感して集まってくれたスタッフたちは優秀な人ばかり。僕が考える熱苦しいメッセージも、楽しげでキャッチーに、それでいて伝えたいことの核が伝わるように変換してくれるのです」
キャッチコピーを考えるのが得意な人もいれば、わかりやすく解説するのがうまい人もいる。それぞれの個性を生かしながら様々な層に”刺さる”メッセージが形作られていくのだ。
これまで大きな声を挙げてこなかった生産者の代弁者となり、走り続けてきた高橋氏。そのゴールはどこにあるのだろうか。
「僕の役割は、あくまでも相手の心に火を灯すこと。生産者が自らの仕事に対する誇りを再確認でき、そのことについて自ら話す場所を得たら、お役御免だろうと思っています。それと同時に、仕事は熱心にするけれども、食をはじめとした生活をおざなりにしてきた人々に、食にまつわる身近な問題に対してもっと興味を持ってもらいたいと考えています。そのために、ポケットマルシェをはじめ、様々な場で”一次産業ってこんなに面白いんだぜ”というのを伝えていきたいですね」
本当は身近なはずの一次産業を、遠い存在のように感じている人は少なくない。生産者の生き方そのものが広義のエンターテインメントになると信じ、日本に蔓延する”食への無関心”を克服しようとする高橋氏の仕事は、まだ当分終わらない。
高橋博之 – 一次産業の声なき声を伝える(了)